troisfaucons3

the-rx:

“We shall not have succeeded in demolishing everything unless we demolish the ruins as well. But the only way I can see of doing that is to use them to put up a lot of fine, well-designed buildings.”
- Alfred Jarry, Ubu Roi

the-rx:

“We shall not have succeeded in demolishing everything unless we demolish the ruins as well. But the only way I can see of doing that is to use them to put up a lot of fine, well-designed buildings.”

- Alfred Jarry, Ubu Roi

(Source: ethel-baraona, via electronicalrattlebag)

十年程前、ある講演会場で、学校へ行かない子どもたちの孤独について話していたときのこと、質疑応答の時間になって、前の方の席で聞いていてくださった年配の男性が立ち上がり、「今の時代の大変さを言っていたようだったが、僕たちの頃は戦争中で、まず食うことが大変だった。学校は授業らしい授業もなく、僕たちは学徒動員で…。今の子たちとは比べ物にならない大変さだった。そのことについてどう思うのか」と質問された。私はまず、その人が「僕たちは」という言葉で、自分たちのことを述べた、そのことについて、「甘やかな連帯」のようなものの自覚はないか、訊いた。「僕たちの頃」、その方がそう言ったときのどことなく誇らかな調子が、何か郷愁のようなもの、宝物を見せるときのような二ュアンス、私がそのときテーマにしていた子どもたちが、望んで決して得られない何か、そしてその人自身もどこかでそれに気づいている ー自分が持っている宝ー それについて語りたいのだということが察せられたからであった。私はそれが確かに素晴らしい宝であること、うらやましく思うことを正直に言い、そしてその人はそれを認め、私はそれを受けて、けれど、「僕たち」「私たち」で語ることの出来ない孤独について、引き続き何か語った、と思う。

「群れ」にあるということ、それ自体が人を優越させ、安定させ、ときに麻薬のような万能感を生む。そして人は時々、群れを外れている人に向かってそれを確かめ、群れの中にいることの快感を得たいと思う。

甘やかな連帯は、そういう、そこはかとないところで止めておくのが健やかさを保つ鍵である。その快感への渇望が暴走すると、異分子を排除しようと痙攣を繰り返す異様に排他的な民族意識へと簡単に繋がる。

しかし、その一歩手前で止めておけば、これもまた流離感と同じくノスタルジーに繋がる。

「ぐるりのこと」 梨木香歩 新潮社 (via yangoku) (via yellowblog) (via reretlet) (via hresvelgr) (via baikuken) (via uncate) (via pdl2h) (via erewwa) (via suzukichiyo) (via dannnao) (via otsune, boooook)
2009-10-15 (via yasaiitame) (via ataxia) (via kanpo0324) (via motomocomo)
life:

On this day in 1948 Gandhi was assassinated in New Delhi by a Hindu fanatic. 
In a career spanning more than two decades, photographer Margaret Bourke-White fearlessly documented many facets of the human experience. Her astonishing portfolio ranged from trailblazing assignments in the Soviet Union in the late 1920s, to capturing the horrors of the Buchenwald concentration camp upon its liberation in 1945. And Bourke-White’s focus on humanitarian issues — showcased in these stunning images of Mohandas Gandhi in India — was equally renowned. 
 Pictured here in 1946, the leader sits next to a spinning wheel, a device used to make yarn or thread; the image came to symbolize Indian self sufficiency — and thus independence from British rule.
(see more — Gandhi: Glimpses of a Legend)

life:

On this day in 1948 Gandhi was assassinated in New Delhi by a Hindu fanatic. 

In a career spanning more than two decades, photographer Margaret Bourke-White fearlessly documented many facets of the human experience. Her astonishing portfolio ranged from trailblazing assignments in the Soviet Union in the late 1920s, to capturing the horrors of the Buchenwald concentration camp upon its liberation in 1945. And Bourke-White’s focus on humanitarian issues — showcased in these stunning images of Mohandas Gandhi in India — was equally renowned. 

Pictured here in 1946, the leader sits next to a spinning wheel, a device used to make yarn or thread; the image came to symbolize Indian self sufficiency — and thus independence from British rule.

(see more Gandhi: Glimpses of a Legend)

(via atmosphererose)

ジャクソンポロックはAbstractExpressionism(抽象表現主義)と呼ばれる絵画運動の代表的な人になります。抽象表現主義は第二次世界大戦以降にアメリカを拠点におこった運動で、アートの中心地がヨーロッパからアメリカのニューヨークに移るきっかけになった重要な運動でもあります。ポロックの絵がなんであそこまで抽象的になって、ここまで有名になったのでしょう?

ポロックの絵は、美術歴史的にもかなり重要なのです。
カメラと映画は1800年代後半に普及し始めました。1910年代以降からHollywoodなどの誕生で、映画がとても人気になりました。そうすると、それまでリアルに見たものを書こうとしていたアーティストたちはとたんに何をしたらよいのかわからなくなったんだと思います。正確に物を写す技術は人間の手なんかよりも機械のほうが優れてますから。

そこでクレメント、グリーンバーグという、1940年代とても影響力を持った美術評論家がジャクソンポロックやほかの抽象表現画家をとても評価し、新しい美術の方向性を示した論文をいくつか書きました。
彼の論文を簡単にまとめると以下のような内容です。

1.アート(特に絵画)は、そのミディアムの特徴を追求するべき。絵画だったら、絵画の特徴である平面を追求したものを作り上げるべきだと考えました。
2.アートは結果より、プロセスを大事にしよう。
3.アートはアバンギャルド(おもに、彼にとって抽象絵画のことを言う)でなくてはいけなくて、抽象絵画じゃないもの(とりあえず具象絵画って呼ばせていただきます)は、Kistch(キッチュ)、(であってアートではない。
(ミディアム=彫刻、油絵、などの美術のカテゴリー)

彼の論文の中で頻繁にハイアートとローアートという単語が出てきます。簡単に言うとハイアートとは美術館でかざられるような”まじめ”なアートで、ローアートはKistch、宣伝なんかに使われている大衆向けの「アート」ようです。たとえばポスターや商品のラベル、漫画などです。さらにグリーンバーグは具象絵画はすべてキッチュとしたのでグリーンバーグの定義によれば、ダヴィンチの絵も具象絵画なのでローアートにいれられます。(日本はアメリカに比べて、歴史的な違いからにアートをそのようなのわけ方をするのはなじみがないかもしれません。)
グリーンバーグの論文はこのハイアート(抽象絵画主義に代表されるアート)に大衆向けアートいわゆるローアートをはっきりと区別する内容でした。

なぜグリーンバーグはそうまでしてハイアートとローアートをわけたがったのか?
それは、当時ロシアやナチスドイツがアートを使って政府の社会主義政策を宣伝していたためです。そういった社会主義国では、抽象絵画を禁止して社会主義リアリズムなどの「リアル」な表現の絵画を国の正式な美術のスタイルにしました。リアルな表現を使った絵画のほうが、すべての人に受け入れられやすくわかりやすいですよね?社会主義の、”平等”を唱える国家に最適のスタイルです。と同時に、政府が国民に伝えたいメッセージを伝える使われやすいスタイルでもあったのです。
スターリンやヒトラーを偉大な指導者のようにかいたり、愛国心をあおるような絵画をかいたり、そういった絵画は抽象的にはなかなかかけません。早く、簡潔に政府の伝えたいメッセージを国民に伝えるには具象表現があっていたのです。グリーンバーグは、アートだけはそういった政府の影響をうけない、アバンギャルドなものにしたかったのだと思います。抽象主義ならば、すべての人に理解されずらいスタイルなので政府にいいように使われないと考えました。だから抽象表現的なアート以外はアートとして認めなかったのです。



Boris Vladimirski,”Roses for Stalin”(スターリンに花束を) 1949

↑は社会主義リアリズムのスタイルで描かれた絵画です。子供たちが笑顔でスターリンに花束をわたすシーンです。この絵でスターリンは白い制服きちりと着て、とても清潔なイメージです。とても堂々として、先を見据えたようなたのもしい描かれ方をしています。スターリンが立派なリーダーであるというイメージと同時に、子供にもやさしい父親的な面ももっている親近感の沸けるリーダーだというメッセージを国民に伝えようとしているのが分かります。たしかに抽象絵画では、このような具体的なメッセージはかけませんね!(^^)

しかし、皮肉なことに抽象主義の表現もアメリカ政府によって政治のために使われてしまいました。アメリカは民主主義、自由を唱えます。「アメリカでは、こんな自由な表現が許されるんだぞ!」とアメリカの宣伝に使われてまったのです。
現代美術は勉強すればおもしろい(愛) | ジャクソンポロック (via petapeta)

(via nakano)

5月にはピークを迎え、週刊誌に全文が掲載されたのをはじめ、雑誌ではこの童話の話題一色に。また、テレビはフジが同15日から5日間もワイドショー「タイム3」で中尾彬、武田鉄矢らによる日替わり朗読放送「かけそば大特集」を組んだ。作者の栗も一躍売れっ子になり、着流し姿でテレビ出演して自作を読み上げた。
 そんなかけそば一色の中、ひとり反旗を翻したのがタモリだった。5月19日の「笑っていいとも!」で「そのころ150円あったら、インスタントのそばが3人前買えたはず」「涙のファシズム」とうさんくささを指摘した。
 この発言がキッカケとなり、ブームは翌6月には終焉(しゅうえん)を迎える。その4年前に作者を居候させた滋賀県のそば屋主人が、雑誌に告発したのだ。店主の話によると、栗はホラ吹きで「北大医学部卒の医学博士の小児科医」と詐称し、近所の住民に医者紛いの行為をし、薬代をだまし取ったりしていたという。店主自身からも自動車を買う代金として10万円を借りたまま姿を消したと訴えた。
 また、「実話」という触れ込みだった「一杯のかけそば」は、出来過ぎやつじつまが合わない点を指摘され、作者の「虚言の一環ではないのか」と問題にされた。
ゲンダイネット (via otsune)

(via otsune)

bookmania:

“Annabel Lee” by Edgar Allan Poe [Manuscript, 2 p., ca. May 1849]. Clearly sensing that “Annabel Lee” would be his last poem, Poe took the unusual step, after finishing it in May 1849, of writing out several copies, of which this signed copy is one, and circulating them among his friends to ensure that the poem would not go unnoticed. Poe read the poem in lectures in Richmond and sold it, along with “The Bells,” to Sartain’s Union Magazine of Literature and Art for publication. However, it was first printed in the New-York Daily Tribune on October 9, 1849, only two days after the poet’s death, rushed into print by Rufus Griswold, who had received a copy for later inclusion in the tenth edition of The Poets and Poetry of America. Although at least four of Poe’s women friends claimed to have inspired “Annabel Lee,” the poet’s real motivation may be a reflection of his continued mourning for his wife, Virginia, who died two years earlier. (via Columbia.edu)

小説を書くコツは

1.まず書き始めること
2.そして書き続けること
3.書き終えること
暇人\(^o^)/速報 : 小説書いてる人って、どうやって構想膨らませてるの? - ライブドアブログ (via kotonohamemo)

(via otsune)

-日本
 日本の自殺率の高さについては、WHO精神保健部ホセ・ベルトロテ博士はこう言っている。「日本では、自殺が文化の一部になっているように見える。直接の原因は過労や失業、倒産、いじめなどだが、自殺によって自身の名誉を守る、責任を取る、といった倫理規範として自殺がとらえられている。これは他のアジア諸国やキューバでもみられる傾向だ。」こうした点は当の国の人間では気づきにくい見方かと思われる。(自殺許容度と実際の自殺率との相関を図録2784に掲げた。)
 英エコノミスト誌(2008.5.3)は女子生徒の硫化水素ガス自殺(4月23日)の紹介からはじまる「日本人の自殺-死は誇らしいか」という記事で日本の自殺率の高さについて論評している。経済的な要因についてもふれているが、記事の主眼は日本人の文化的な要因、あるいは社会的特性であり、上記の見方と共通している。「日本社会は失敗や破産の恥をさらすことから立ち直ることをめったに許容しない。自殺は運命に直面して逃げない行為として承認されることさえある。サムライは自殺を気高いものと見なす(たとえ、それが捕虜となってとんでもない扱いを受けないための利己心からだとはいえ)。仏教や神道といった日本の中心宗教は明確に自殺を禁じていたアブラハム系信仰と異なって、自殺に対して中立的である。」日本政府は9年間に自殺率20%減を目標にカウンセリングなどの自殺対策に昨年乗り出したが、同誌は、重要なのは社会の態度であると結論づけている。「一生の恥と思わせずにセカンドチャンスを許すよう社会が変われば、自殺は普通のことではなくなるであろう。」

-スリランカ
 大陸の南東方向に位置する島国である日本、スリランカ、キューバの自殺率が何故か共通して高い。女性が書いたスリランカに関するブログを見ると、本気になったスリラ ンカ男性に対して気を持たせるだけ持たせて振ると自殺してしまうこともあるから要注意、といった記事もある。スリランカと日本とでは、インド、あるいは中国という 西隣の大陸国から伝来した仏教を大陸国で衰えた後も保持しているという共通点がある。歴史的には日本と同じように自決をよしとする武士道があったという。「戦場で勇敢に戦って死んだ武士が、死後天に生まれるという思想」をスリランカではヴィルバットゥという。「日本では仏教、ことに禅が武士道を基礎づけたが、セイロン(スリランカ)でも、武士道が仏教(上座部仏教)とむすびついている。」セイロンの博物館には12世紀につくられた「戦士の自決をたたえる浮彫りがある。日本の自決(切腹)と引き比べて興味深い。」(中村元「古代インド (講談社学術文庫) 」(1977))
図録▽自殺率の国際比較 (via yellowblog)

(via otsune)

「無常観」、それをどんな風に説明すればいいだろう。国文学者の川端善明氏は、ある訳書の中で「在るものすべてへの絶望的なうとましさ」という表現を用いられた。これ以上の表現にはなかなか出会えまい。では、逆に「すべて無くなってしまえばよい」という虚無主義のことかといえば、それはちょっと違うだろう。さりとてそれは、季節の移ろいを楽しもうというだけの優雅な世界観でないことだけは確かである。
 「在る」ものの中には、それが無くなってしまうという宿命が含まれている。そのことに、堪らない苦しみを感じることが「無常観」の始まりだったのではないだろうか。
「無常観」と「死の欲動」 (via dix-neuf) (via honeydip5123)
2010-01-31 (via gkojax-text) (via yaruo) (via motomocomo)